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第8話 選ぶのは私

last update Tanggal publikasi: 2026-09-14 23:21:27

 私は頬のガーゼに触れかけ、手を下ろした。

 正臣に追い出されたから、次の男の言うとおりにするのでは意味がない。

 奏汰を守りたい。父の会社を取り戻したい。

 そのどちらも、私の身体を渡す理由にはしない。

「断ります」

 燎の目を見て言った。

「私の仕事を守るために、私を差し出すつもりはありません」

 沈黙のあと、燎の口元が少し上がった。

「そうか」

 怒らない。そのことが、かえって不気味だった。

「隣の会議に入ります」

 私が言うと、燎はテーブルへ片手をついた。

「俺の話を聞いていたか」

「聞きました。正臣は私を悪者にして、莉乃を開発者にするつもりなんでしょう」

「なら、ここにいろ」

「嫌です」

 燎の目が細くなる。

「あなたの後ろに隠れたら、正臣は私が浮気相手に頼ったと言う。私が自分で話します」

「連中は君の話を聞くために集まったんじゃない」

「それでも、黙って会社を渡す気はありません」

 頬の傷が熱を持った。

 怖くないわけではない。正臣が手を上げれば、身体は先に顔をかばうだろう。

 それで
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    「で、今度は誰になったんだ?」 「久条灯里よ」  同じ夜、莉乃は久条家の自室から、古い知り合いへ電話をかけていた。  莉乃が答えると、電話の向こうで男が低く笑った。 「久条グループの久条か。医療業界じゃ知らない者はいない。跡取りとその妻は、世間じゃ理想の夫婦だ」 「今は、私がその妻よ」 「本物は?」 「鷺宮燎が連れていった」  電話の向こうで、がたっと何かが動いた。次の瞬間、物が床に落ち、がしゃんと砕けた。  置物でも叩き落としたのだろうか。 「……燎が、何をした」  さっきまでの笑いは消えていた。  鷺宮ではなく、燎。その名を噛む声に、憎しみがむき出しになった。  莉乃は、受話器を耳から離しかけた。  この男を怖いと思ったのは、初めてだった。 「……私を見ただけで、偽物だと言った。あなたの話を思い出した」  長い沈黙のあと、男は静かに言った。 「昔から、そういう男だ」  それ以上、燎のことは話さなかった。 「久条は止めなかったのか」  莉乃は手首を強く擦った。  灯里と同じ香水の匂いが、まだ消えない。 「正臣さまは、あの女に騙されているの」 「妻に戻ってきてほしいだけだろう」 「違う。私を愛してる」  男が黙った。  その沈黙が、笑われるより腹立たしい。 「何よ」 「相良莉乃を?」  答えられなかった。  正臣が愛しているのは灯里だ。  だから莉乃は、灯里の服を着た。髪を同じ位置でまとめ、同じ香水を使った。寝室では、灯里の名前を呼ばせた。  分かっていた。  分かっていて、選んだ。 「正臣さまが私を愛してくださるなら、私は誰でもいい」 「それで、本物が戻ったら?」  指が止まった。 「戻らない。あの女は、もう別の男を選んだ」 「なら、捨てられる前に奪え」 「何を?」 「久条が、灯里に渡すつもりだったものを全部だ」  莉乃は閉じた扉を見た。  この家の中で、正臣は一度も自分を莉乃と呼ばない。 「手伝ってくれるの?」 「ただではない」 「何が欲しいの」 「CARE-LINKの特許。それから、久条正臣の弱みだ」  今度は、莉乃が黙った。 「それを渡したら?」  電話の向こうで、男が息を吐いた。 「戻ってこい、莉乃」  本当の名前を呼ばれ、肩が震えた。  正臣は一度も

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    「二人を連れ出せば、誘拐で届ける。警察が来ている今、やってみろ」  私は奏汰の靴を留めた。 「届ければいい。私も、あなたにされたことを全部話す」  立ち上がった。  正臣と目が合っても、もう足は止まらなかった。  奏汰の手を引く。  燎が反対側に立ち、私たちと正臣の間を歩いた。  今度は、私の手を止める人はいなかった。 ***  病院へ向かう車には、浅井と真鍋も乗った。  浅井は助手席から病院へ電話をかけ、奏汰と私の状態を伝えている。  奏汰は私の肩に頭を寄せていた。小さな呼吸を確かめ、冷えた手を両手で包む。 「ママ」  目は開かなかった。それでも、私の指を握り返した。 「ここにいるよ」  屋敷の門が遠ざかる。  あそこへ戻った時は、夕方には帰れると思っていた。  数時間後に正臣に首を締められ、奏汰を連れて出れば誘拐だと脅されるなんて、考えもしなかった。  喉がひりついた。  歯が鳴った。  止めようとしても、顎が震える。 「灯里」  隣から呼ばれた。  燎の手が、私の肩の手前で止まった。  私はその手を取り、自分の肩へ置いた。  腕が背へ回り、震える体を支えてくれる。 「……来てくれた」 「迎えに行くと言っただろう」 「でも、私の電話から、来なくていいと届いたでしょう」 「君が送ったとは思わなかった」 「どうして?」 「迎えに来いと言ったその日に、理由もなく言葉を変える女じゃない」 「それだけで?」 「電話にも出なかった。それで十分だ」  頷こうとすると、目の前が滲んだ。  迎えに来てと言った時の私を、覚えていてくれた。  奏汰を起こしたくなくて、唇を噛んだ。  燎が私の肩へ自分の上着をかけた。  朝、入口で正臣を遮った腕に、今は自分から寄りかかっている。  額を預けると、首元に彼の体温を感じた。 「病院に着いても、もう少し、いてください」 「いる」  迷いのない返事だった。 「正臣が、本当に誘拐だと届けたら?」 「警察は今、あの家にいる。君の首も見ている」 「それでも、正臣は奏汰の父親です」 「君は母親だ」  奏汰の髪に触れた。  もう無理だと思った。  これ以上、正臣とは続けられない。  でも、この子から父親を奪っていいのだろうか。  正臣も奏汰を愛していた

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